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MasaiBeads

アフリカ徒然草 C

<ンゴマについて>異聞


日本人パーカッショニストの演奏に対するケニア聴衆の反応

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 大変な旧聞に属することで気が引けるけれど、俵君の「ンゴマについて」に触発されて個人的な見聞を書き記しておこうと思った。

 アフリカ好きで知られるサックス(木管楽器)奏者の渡辺貞夫さんが、ケニアと南アフリカに自分のバンドを組んで公演旅行したことがある。文化交流基金が経費を出してケニアと南アで4回づつのコンサートを行ったと記憶する。
 勧進元が勧進元なので豊富な予算があったのだろう、PAシステムと照明機材を日本人技術者付きで持ち込んで、多分、ケニアであんなに本格的なコンサートが行われたのは初めてだったのではなかろうか。
 そのバンドの一員としてパーカッションの斉藤ノブさんが参加していた。
 その頃ノブさんがレギュラー出演していた音楽番組があって、その特集として<ノブさんアフリカへ行く>というコーナーを作ることになり、ケニア取材を僕のところで請け負った。ノブさん初のアフリカ体験をコンサートの模様も含め、10分2回に分けて紹介しよう、ということだった。

 午後遅く始まるリハーサルの前に、ノブさんのステージ以外でのシーンを撮らせて貰った。ンゴング・ヒルの稜線上で地溝帯の風景をバックにコンガを叩いて貰ったり、ザイール人バンドの練習に参加して貰ったりした。
 このザイール人バンドの練習に参加して貰うシーンを撮ると伝えた時ノブさんは、
「楽しみだなぁ。ホントのアフリカのブラックが叩く音にアフリカで触れられるなんて、ホント、嬉しいヨ」と、ミュージシャンらしい興味を顕わにして言った。
 聞けば、バンドのメンバーは渡辺貞夫さん以外、皆、アフリカが初めてだと言う。
「やっぱ一応ジャズやってる以上、黒い人たちは特別だからね。ジャズはアメリカ生まれだけどさ、生み出した元はこの人たちじゃない? そう思うと、やっぱりこの人たちの前で演奏するのは緊張するよね。うん、俺だけじゃなくてね、初めてだから、みんなスゲェ緊張してるよ
 ケニア公演が南アより先だったので、メンバーにとってはケニアの初日が正真正銘、アフリカの人たちの前で演奏する本当の初体験になる。しかし、百戦錬磨のジャズマン諸兄でも「アフリカ」で演奏するとなると「スゲェ緊張する」と聞き、初日のステージが楽しみになった。そうした緊張感を伴うステージは、えてしてすごく良いものになることが多いからだ。
 
 撮影のためにザイール人バンドの練習で一緒に叩いたノブさんは、時間が短かったこともあり「なんだかよく分からないリズムだな」という感想を洩らしていた。
 撮影の後、初日幕開け前、最後のリハーサルに参加するノブさんをホテルに送り届けるとホテルの玄関口にメンバーが何人か佇んでおり、ノブさんの顔を見るなり「こっちの人とやって来たんだろ? どうだった?」と、早速の質問が飛んだ。ノブさんが言った通り、確かに「アフリカの人の前で演奏する」ことに、ただならぬ緊張感があるらしい。
「うん、ホントにちょっとやっただけだからよく分かんないけど――」ノブさんが答える。「フカカ、フカカ、フカカ、フカカって、なんか、アタマのない取りにくいリズムだった。――でも、大丈夫。俺たちなら十分ショーブできる!って感じ」
 ――と、言っておかなければね。ホントにみんなナーバスんなっちゃうから。
 メンバーから少し離れたところまで歩いたノブさんが言った。ご自身もナーバスになりかかっている気配が漂う。
 『良いコンサートになるぞぉ!』と、僕はまたまた内心に期待感を増幅させた。

 僕らは会場に早めに入り、ステージ正面、会場中程に設置された音響卓前に席を取る。ここに三脚を据えてカメラマンに座って貰い、僕は日本に帰って編集作業をしなければならないのでこの日は専らステージを観、会場の観客の様子を観察することにした。音響卓前はステージと客席の前半分が見渡せて、恰好の展望場所だ。
 コンサート会場が一般のケニア人には行きにくい(バス停から街灯のない夜道を長く歩かねばならない)ことや入場料が高いという理由から前売り券の売れ行きが芳しくないという世評もあったけれど、蓋を開ければ会場後ろまで立ち見客でびっしり埋まり、通路にも人が腰掛けていている。満員御礼。
 アフリカ諸国を何度も旅している渡辺貞夫さんだが、自分のバンドを率いてのアフリカ演奏旅行というのは初めてとのことで、バンマスもバンマスなりに緊張している。
 バンマスからメンバーまで皆が緊張の糸を張り詰めて――<観客に笑われないように>というポジティブな緊張感を張り詰めて、コンサートが始まった。

 南アフリカで調達してケニアに持ち込まれたPA機材を、渡辺貞夫付きのミキサーが卓をいじって調整する。色とりどりの照明も同様に、渡辺貞夫付きの照明チーフが調整している。バランスも抜けも良い音と、曲調に合わせて変化する舞台照明の組み合わせ。――ケニアでこんなに高度なステージ=舞台芸術が実現したことはなかっただろう。
 1曲目から、会場はナベサダ・ワールドに染まりきった。

 3曲目で各パートのソロを連ねた。
 アンサンブルから舞台下手のエレクトリック・ピアノが1人浮き上がる。ケニアの観客にとっては馴染みの薄い音色ではじき出されるメロディーとリズム。立ち上がって弾くピアニストの仕草も表情も印象的だったのだろう、魅せられた観客が座席で前屈みに乗り出すので、会場の重心が少しステージ寄りに傾いたように感じられた。
 ひとしきりのピアノ・ソロを引き取ったリードギターは、ピアノに対する盛大な拍手の中、早い指の動きで複雑なメロディーを軽快に走らせる。ギュワンギュワンと泣き出すギターに観客がまた身を乗り出して、重心はまたステージ側へ前のめりだ。
 泣きじゃくるギターをなだめるようにエレクトリック・ベースが大口径ウーハーを揺るがしてソロを引き継ぐ。低音が床を伝い椅子を這い上がって物理的な振動が身体に伝わる。観客席は前のめりのまま釘付けだ。
 ベースがキメの音を出すやいなやダブル・バスを備えたドラムスがドゴドゴドゴドゴといきなり躍り込んでくる。観客席は「それ! 太鼓だ!」とばかりに、更にひと膝乗り出す気配。両手・両足を縦横無尽に振り回すドラムスの大暴れに、前のめりの会場が上下にも揺れ出した様だ。
 タカタカタカタカタカタカタ、シャーン!と終わったドラム・ソロを引き取ったのが、ノブさんのパーカッション。
 が、しかし、どうしたことだろう? ドラムスのソロに盛大な拍手を送った観客は、次がパーカッションと見てとった途端、ナント!前のめりだった姿勢を弛め、揃いも揃って背もたれに身体を預けてリラックスする動きを見せたのだ。
 それは、あたかも、

「あ、手で叩く太鼓ね。それなら僕たちのお家芸だから――。ピアノからずっと息詰めて聞いてたから、手で叩く太鼓なら珍しくもないし、少し息抜きさせて貰おう――」
と、会場中の黒い人たちが申し合わせでもした様にリラックスしてしまったのだ!
 僕の視界に入っていた多くの人の背中が弛緩して背もたれに身体を預ける緩慢な動きを見、緊張感が急速に解ける空気の変化に驚いて左右を見回したから間違いない。会場中が確かに瞬時に弛緩して、前のめりにステージに集中していた重心がいきなり焦点をなくして霧散した。
 「夢中だったからぜんぜん気付かなかった」と、公演後尋ねた僕にノブさんは言っていたけれど、ノブさんのソロが始まった瞬間「外国人が手で叩く太鼓なんか……」という空気が会場に流れたのだ。
 会場の反応とは無関係に――気付いていなかったのだから当たり前だけれど――、ノブさんは自分のソロを続けた。ずらりと並んだコンガ風の太鼓はどれも良い音がしていたし、ノブさんの演奏も弾んでいた。ほどなくして、会場の空気にまたもや変化が生じた。
  「ン!?」

 客席のあちこちで、あずけた背中を背もたれから離す動きが起き始めた。その動きは速やかな連鎖反応を起こして会場中にたちまち広がる。今度は、しかし、前のめりというよりも何だか上に向かう――今にも立ち上がって踊りだしそうな、そんな雰囲気が急速に醸成されたのだ!
 それからソロの続く間、会場はそれまでの誰のソロとも異なった反応に沸き返った。慣れ親しんだ<手で叩く太鼓>が醸し出す別のリズムは、観客たちの「ンゴマ心」に火をつけてしまったらしい。興奮と熱気が力強い波となって空間を満たし、ソロが終わった後の拍手はいつまでも――本当に、いつまでも、鳴り止まなかった。――
* * *
 コンサートの模様を伝える翌日の新聞には渡辺貞夫さんに並んでノブさんの写真だけが掲載され、記事中ではパーカッションに関する言及の語数が目立って多かった。新聞記者個人にとっても、サキソフォーンより太鼓の方がずっと身近で書きやすかったのだろうし、実際に聞いて得た感銘も太鼓の方が大きかったのだろう。

 コンサート2日目の午前中も、ノブさんには町中を歩くシーンなどの撮影にお付き合い戴いた。ノブさんが歩いていると通りすがりに「昨日のコンサート観たよ! スゴイ演奏をありがとう。今夜も行くからね!」 と、駆け寄って握手を求める人が幾人かいた。中にはわざわざ店から飛び出してきてノブさんに握手を求める人などもいて、一夜にして随分と顔が売れるものだなぁと驚かされた。
 けれど、これはノブさんがパーカッションだからではないかな、とも思った。
 手で太鼓を叩く人にケニアの人々は無条件の親近感を感じるのではなかろうか――うがち過ぎとも言えないことだと思う。サックスやピアノ、エレクトリック・ギターやベース、ピカピカに光るフルドラム・セットは日常的に目に触れるものではない。楽器の存在自体が、遠い。
 それに較べ、ノブさんのパーカッション・セットはいくら高価高級なものとは言え、所詮は手で叩く太鼓――ケニアの人にはとても身近な楽器だ。それを上手に叩く人は無条件に優れたフンディ(※職業人、プロフェッショナルという程の意味のスワヒリ語)――尊敬と親愛の情をたやすく抱ける対象となるのではなかろうか。仮に、相手が渡辺貞夫さんだったら果たして気軽に駆け寄り握手を求める人が何人あっただろうか。太鼓は、ンゴマは、やっぱりここの人には特別な存在なのだな、と、ノブさんに親しげに握手を求める通行人たちを見ながら思っていた。

 2日目のコンサートでは様子が少し違っていた。
 初日に続いての観客も多かったし、新聞記事でパーカッションに対する期待感が観客の中に出来上がっていたこともある。けれど、それら先入観を抱いていない観客もいたのだろう。パーカッションのソロに対して同じ反応を示す人が少なからずあった。僕は音響卓の横の一段高いところに立って撮影していたから、前日よりもずっと見晴らしの良いポジションにいたことになる。
 パーカッションにソロがわたると、「あぁ、手で叩く太鼓か――」とリラックスして背もたれにもたれ、やがて「オヤオヤ!?」と奮い立たせられて、やがて立ち上がらんばかりの歓喜と興奮で手拍子を取り始める――初日と同じ反応を示す人々がいた。ノブさんのソロ終わりでの拍手は初日に倍するそれだった。

 3日目は、一般客の大ヒンシュクもものかは、日本国外務省の招待客だけしか入れないという公演で、メンバーの皆さんからも「そう言う客層だから、そういう演奏になるでしょ。わざわざビデオ回さなくてもいいんじゃないの?」という助言をいただき、この日はスキップ。

 最終日は既に観客に情報が行き渡り、パーカッション・ソロに対する期待感は最高潮に達していたと思う。
 ソロが始まってから終わるまで会場は興奮渦巻くンゴマ空間と化し、ソロが終わってしまった時にはそれを惜しむ観客の拍手と歓声に渡辺貞夫さんが戸惑い、「パーカッション、ノブ斉藤!」と、異例のご紹介コメントで収拾をつけなければならなくなったほどだった。


 3日目の公演は知らず。それ以外の3日間は、いずれも甲乙付けがたい、滅多に聞けない・観られない、素晴らしいコンサートだった。
* * *
 ケニアから南アフリカに転戦した斉藤ノブさんが資料として持ち帰ってくれた新聞記事には、あろうことか、バンマスのナベサダさんより二周りも大きなノブさんの顔写真が掲げられ、その横には「Standing Ovation for Japanese Jazzmen!」と、デカデカ書かれてあった。
* * *
 サハラ以南のアフリカでは、やっぱり、どうしたって、手で叩く太鼓の訴求力が一番なのですね、というお話でした。

(2002/08/05)
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