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ジュアール・ティー 〜遠いアフリカ〜

 「――カミさんに "ケニアと言えば、今、ジュアールティーでしょ。 必ず買ってくるように" って言われてるんです」
 日本からご出張のお客人にそう言われ、聞いたこともないそのお茶を探すことになった。
 身近な友人に尋ねると、どうやら知らないこちらがおかしいくらい、日本では話題になっている健康茶だと知れた。けれど、その友人もナイロビでジュアールティーにお目にかかったことはなく「あれは一体、何なんでしょう?」と、言う。
 
 調べものには慣れている家人がインターネットで検索し、<アフリカ生まれの野草・ジュアール(カメリアシネンシス)>とあるのを見つける。ケニア国立博物館の植物学者に、この学名に心当たりがあるかと尋ねる。――と、

 「お茶の木の学名だ」と、学者の返答はにべもない。「スーパーマーケットでもキオスクでも、どこでも売ってる紅茶の葉っぱ。安いのも高いのも、ケニアの紅茶はみんなカメリア・シネンシスだ」と、言う。
 紅茶の葉っぱ?!
 改めて販売元のHPを見てみると、

 原 材 料

 カメリアシネンシス(茶)
 アスパラサスリネアリス

と、小さな文字だが確かに書いてある。
 【アスパラサス・リネアリス】が、南ア原産<ルイボスティー>の原料植物であることもすぐに知れた。
 紅茶とルイボスティーを混ぜた物が、何やら新しい健康茶として歓迎されていることになる。
 奥方から強く言われてきた出張のお客人にはその旨を伝え、空港の免税店で「ケテパ・ティー」(一番安い)でも買って帰ってはいかがでしょうか、と、お伝えした。

 そもそも、ジュアール (JUAR) と、子音で終わる単語は東アフリカのどの言語にも稀なので、いわゆる部族語名ではないだろうと思ってはいた。けれども、栽培植物のお茶であるとは、完璧に意表を突かれてうろたえてしまう。

 販売元の同じHPにある<ジュアールとは>と題した一文は、

ジューアールは、アフリカ東部に生息する伝統的な野草で、ポリフェノール類であるタンニン・
 カテキン・テアフラビンがたっぷり含まれています。またお茶は紅茶のような飲みやすい味です。
と、書いている。
 ほとんどレッドカードものの危うい記載だ。
 ツバキ科に属するお茶は木本類(もくほんるい)、つまり樹木であって、仮に自生していても<野草>とは呼べない。それに、お茶の木は19世紀後半、英国植民政府が東アフリカに持ち込んだ栽培植物だから<伝統的な>という記述も事実に反する。
 ――まぁ、百年続けば伝統だろう!という考え方もあるかも知れないけれど、人類が生まれ出た大陸での百年。<伝統的な>と言うには短すぎる時間だと思う。


 こういう品物が、一つのウェブサイト上での事とは言え<今週の売れ筋商品・第2位>という人気商品となる現実に触れると、
アフリカは日本から遠いのだなぁ、と、つくづく考えさせられてしまう。

 遠く遙かな<暗黒大陸>という印象が未だ強いがゆえに、こういうデタラメが大手をふってまかり通ってしまうのだろう。
 けれども、これを購入して愛飲する方々がおられるのは、取りも直さず、アフリカをポジティブに捉えてくれる方々がいるということの証左でもあり、この点では<アフリカ者>として喜ぶべきではあるのだろうが。……

 ジュアール茶に触発されて、アフリカに関わる事業を行う団体や個人のことを改めて考えさせられた。
 真摯に諸問題に取り組む多くの方がある一方、「アフリカが抱える諸問題に貢献する」という美名に名を借り、私利を営む輩も残念ながら少なくない。

 始めは個人や諸団体から義援金を募り活動していたある団体。
 活動を続けた甲斐あって公的資金からまとまった額の援助を受けるに至った。けれど、その途端、ナイロビに在住していた責任者が金銭もろともいなくなり、地方に赴任していた知人の末端活動家が路頭に迷ったことがあった。 後日、日本で見つかった責任者は詰問に対し「信用していたケニア人に資金すべてを持ち逃げされた」と弁明したと聞く。

 日本関係NGOからの高額持ち逃げ事件なら当地のニュースにならないはずはなく、持ち逃げされた責任者が日本に帰っていた、という事実も解せない。持ち逃げ事件が仮にあったとしても、この責任者はケニアで何らの法的手続きもとらなかったことになる。 「いやあ、ケニアの警察や司法は腐ってるので、資金豊富な持ち逃げ犯が官憲を簡単に買収してしまうでしょうから……」そんな言い訳を日本の支援者たちに語る、くだらない男の声が聞こえてきそうだ。

 または、一の活動を十にも百にも膨らませて喧伝することで生活している人物もいる。
 個人通信やホームページ上に掲載された「慈善的活動」に賛同する人々が、日本に設けられた窓口に義援金を送るシステムらしい。

 出来事が起こるところに出向くという自分の職業の性格上、偶々こちらの取材対象とその人物の活動が重なることがある。そこで実見する限り、個人通信などの記載と現場での人物の活動には、大きな大きな落差がある。

 あるいは、日本で登録されたNGOのケニア支部長になった途端、市内宝飾店の常連客となった日本女性もいた。
 それまでの食うや食わずの暮らしぶり――ものの例えではなく、正真正銘、彼女は日常の食べ物を買う金銭にも不自由していた――との落差に、NGOという流行(はやり)モノの集金力に呆れ返ったこともある。


 善意の義援金を私的に消費する。
 ――胸の悪くなる構図だけれど、義援金を送る個人それぞれの胸の内を考えると、事態は複雑化する。
 日本で個人通信やHP、その他の媒体を通じて知り得た、遠い遠いアフリカの「意義ある仕事」。
 それらに自分の財布から幾莫かの金銭を寄付する、という行為。
 これは、寄付する個人の心の平安を保つことに貢献しているのではないか。寄付する人にとっては、寄付金を支出したその時点でひとつの満足が完結しているのではないか。――その様にも考えられる。
 寄付の受取人が見せてくれた温かく、あるいは、熱い夢。虚実の真はともかくとして、寄付する者は金銭を拠出することでその夢に参加する。夢のある活動に、仮想的に参画できる。その満足感。それがあるから、人は慈善行為に金銭を支出する。
 そう仮定すると、都会の喧噪の中で日常を暮らしながらアフリカにつながる一時の夢を安らぎとしている方があるかも知れない、と仮定すると、義援金私的流用の事例をいたずらに追求するなど愚の骨頂とも思えてくる。
 少なくとも、端から見ていて心安らがない自分は完全に無関係な第三者である。寄付する者と夢を売る者、その当事者たちがそれぞれに満足しているのなら、無関係第三者の口出しはお節介以外の何ものでもない。

 それで、今回のジュアールティー。
 「イワシの頭も信心から」と、賢人が書き残してくれている。
 「病は気から」とも書かれている。
 唐突だけれど、インターネットやテレビ・ショッピングを、祭りの路上に軒を連ねるテキ屋さん、と考えてみる。
 様々に並べられた宣伝文句を、テキ屋さん伝統「啖呵売(たんかバイ)」の売り文句、と捉えてみる。<フーテンの寅>がやっていた、立て板に水の流暢な売り文句で客をのせ購買行動に持って行く、というあれだ。
 ――『前足四本、後足六本<バン>(張り扇で台を叩く音) 通称"四六(シロク)のガマ"を四方八方鏡で囲った鏡の間に置いておきますというと<バン>あら不思議<バン>。 鏡に映るおのれの姿におののいて、タラーリタラーリ、脂の汗を流し出します。<バンバン> その脂の汗をば一滴残らずかき集め<バン>小瓶に詰めたのが、さぁ、お立ち会い。<バン>切り傷、擦り傷、大やけど<バン> なんにでも効くこの、ガマの油でございます<バンバンバン>』――なんて、今時そんなモノは売られてないのだろうけれど、あの「啖呵売」の変型と仮定してみる。
 その場の勢い、間の取り方みたいなところで売買が成立する啖呵売が扱う商品は、ガマの油のごとく、なんでも良いのだ。売り買いが成立して、売った方も買った方も、一時、満たされる。買った方だって、『ガマの油なんて言ってるけど、その実、菜種油(なたねあぶら)かなんかだろうな』と、四六のガマが流した汗とは考えていない。

 日本の茶の間で、ヒマに任せてネットをサーフィンしたりテレビ画面を眺めている。
 「痩せる」 「若返る」 「活性酸素を抑制する」
 そんなキーワードが気に掛かり、「1ヶ月分3千円が、今ならお得な2400円!」なんぞと言われ、普通の日本人なら懐に影響する金額でもない、つい申し込む。
 届けられた、異国情緒たっぷりの茶を飲みながら「ホント、紅茶みたいで飲みやすい。なんだかスッキリする」と、一時、和む。
 ――別に、悪いことでもないか。

 しかし、アフリカ者として書いておきます。
 製造者・販売元が学名で明記している通り、ジュアールティーはケニア産の茶葉(十中八九既製の紅茶)と、南アフリカ産のルイボスティーを混ぜ合わせただけの【日本製】です。ケニアでは売られておりませんので、出張者や訪問者、在住者などに<お土産>として頼むのはやめましょう。
(2004/2/6)


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アフリカ徒然草
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筆者口上

@余命6ヶ月と宣告されてケニアにやって来た老ドイツ人に出会った

Aママ・ンギナ・ストリートのコーヒーハウス

Bエチオピア<ボディ族>訪問記 「古代に生きる人々」

C<ンゴマについて>異聞

D<マハレとタンガニーカ湖 Since 1985> (未完)

Eジュアールティー 〜遠いアフリカ〜 (表示中)

F巨人伝説 〜南アフリカ〜

G地球史カレンダー

Hアフリカに育つ息子たちへ

I稼いでは遊び、遊んでは稼ぎ

J水深5メートルの退職金

Kケニアで最初にルビーを掘り当てたのは日本人



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